50歳をすぎて、矯正をはじめることにした

歯列矯正の記録

小学生の頃の話。

虫歯で通っていた歯医者さんに、こう言われた。 「早めに矯正した方がいいよ。親御さんに話してみて」

その言葉を、そのまま家に持ち帰って母に伝えた。

すると母は、すぐに顔をしかめて言った。

「は?何言ってるの?そんなお金かかること言うなんて、親を困らせる気か?親不孝もんやね!」

ただ伝えただけだった。 でも、ひどく怒られた。

何がいけなかったのか、よく分からなかったけど―― すごく悲しくて、怖くて。

「もう二度と、こういうことは言わないでおこう」

そう決めた。


自分の見た目が気になり出した学生の頃、 ふと気づいた。

――あれ?私、歯並びガタガタかも。

それからというもの、写真を撮るときは口を開けない。 これは自分の中での“鉄則”になった。


大人になって、結婚して、子どもが生まれた。 毎日はあっという間に過ぎていく。

矯正したい気持ちは、どこかにずっとあったけど――

費用は高いし、時間もかかる。 正直、そんな余裕はなかった。

「でもさ…それでもいいの?」 「一生、思いきり笑えなくてもいいの?」

心のどこかで、そんな声が残っていた。


気がつけば、40代後半。

「今さらなぁ…」 「もういいよな、しなくても」

そんなふうに、自分に言い聞かせていた。


コロナの時期、マスクをつけるのが当たり前になった。

夏でも一日中つけていても、違和感はなかった。 むしろ――少し、楽だった。

口元を隠せることに、どこか安心している自分がいた。

コロナが落ち着いても、マスクは手放せなかった。

外したとき、ふと頭をよぎる。

「このままでいいのかな」

そんなタイミングで、矯正の広告が目に入った。

無料診断。 目立たないマウスピース矯正。

気になって、行ってみることにした。

最新の機械で口の中をスキャンして、 そのデータをもとに説明を受けた。

画面の中の自分の歯並びを見ながら、話を聞く。

「このままだと、こうなっていきますよ」 「この方法なら、目立たずに整えられます」

なるほど、とは思ったけど――

どこか、引っかかる感じもあった。

「今月中に決めてもらえたら、割引になります」

そう言われて、少し戸惑う。

たしかに気にはなっている。 でも、その場で決めるには、金額も大きい。

それに、担当の先生の顔もよく分からない。

なんとなく、落ち着かない。

結局、その日は決めずに帰った。

「やっぱり、ちゃんと考えたい」

そう思った。

でも、帰り道。 頭の中には、ずっと同じ言葉が浮かんでいた。

「このままでいいの?」

子どもには、矯正をさせた。 正直、無理もしたと思う。

でも、笑うときにためらってほしくなかった。 あの頃の自分みたいに、ならないでほしかったから。

じゃあ、自分はどうなんだろう。

鏡の中で笑うと、少しガタついた歯が見える。 そのたびに、ほんの少しだけ、心がざわつく。

だから私は決めた。

50歳を過ぎた今、 自分のために矯正をしようと。

あのとき言えなかった「やりたい」を、 今度はちゃんと、自分で叶えてあげたい。

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